こんにちは、ナースジローです。 いきなり元も子もない事を言ってしまいましたが、みなさんは「人生」というものをどうとらえていますか? 

私は人生には絶対的な意味、価値は無いと思っており、ただ漠然と与えられた「時間」ととらえています。 悲観的な考え方ではありますが、 視点を変えれば途轍も無い「自由」を与えてくれもします。 

人生って真っ白なカンバス、もしくは一冊の自由帳みたいなもので、そこに何を書くかはその人の自由なんじゃないでしょうか。 もちろん何も書かない自由もあります。 つまり、絶対的な価値の無い人生に我々は(勝手気ままに)「主観的な」意味を与える事が出来るんですよ。 最近はゲームでも何かと「自由度」が高いゲームが人気ですが、 実は我々の人生こそが最も「自由度」の高いゲームではないんでしょうか?

そうは言ったものの、現実には我々の生活には様々な制約があります。 何でも自由に行動できるわけでは無い。

そういう壁(制約)にぶつかったら、そんなものはいっそ無視しましょう。 つまり我々の生活において変えられない事(人種、生まれた環境、年齢、遺伝的要因等々)に一切の目を向けずに、変更可能な事だけに集中して生きてみませんか?

「変更可能な事」と「変更不可能な事」を紙に書き出してみたら「変更可能」な事柄の方が圧倒的に多いはずです。

私の心の師匠の一人、奴隷の哲学者エピクテトスの言葉にこういうものがあります。

「自分の力ではどうにもならないこと」と「自分次第でコントロールできること」を区別し、後者に集中することが幸福への道である。

不健康な人はその不健康さをさらに悪化、維持、もしくは好転させることが出来ます。 同様に健康な人はさらに健康になることも可能ですし、それを維持、不健康になることも可能です(なんという自由か!)。

私の心の師匠ショーペンハウアー先生はこう言いました。

健康な物乞いの方が、病気の王様より幸せだ」と。

「人生」という最も自由度が高いゲームに幸福という目的を与えてみませんか?